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言葉の向こう側を

こどもと暮らす〜今、ここにある未来〜

 

「花のある暮らし」を心がけています。

 

花があると、なんかいい。

 

何とも曖昧な表現で、何の説明にもなっていないのですが、
これがいちばん素直な感想です。

 

部屋が明るくなる
気持ちがやわらぐ
丁寧に暮らしている気がする

 

そんな感覚が気に入っているのかもしれません。

 

我が家にあるのは、いくつかの観葉植物と、
お気に入りの花屋さんで購入した切り花。

 

毎日(時々、さぼってしまいますが)水やりと花瓶の水を新しくします。
そのついでに、花の茎を洗ったり、水切りをしたり…
ほんのささやかな“お世話”の時間を持つのですが、
その時間が、本当にいい。

 

モノ言わぬ花との、対話の時間。

 

「うちに来てくれてありがとう」
「きれいに咲いてくれてありがとう」
「昨日はさぼってごめんね」

 

話しかけたり、心の中でささやいたり。

 

何も言葉は返ってこないけれど、
聞こえない何かが返ってきているような、
そんな風に感じています。

 

 

もうすぐ1歳半になる娘は、
まだ言葉らしい言葉は話しません。

 

娘が話すのは、宇宙語のような不思議な言葉。

 

身振り手振りと、宇宙語のような不思議な言葉が
娘とのコミュニケーションのすべてで、

 

一生懸命、自分の気持ちを伝えてきてくれます。

 

「あれがほしい、これがほしい」
「こうしたい、ああしたい」

 

そういった、いくつかの要求は私もすんなり理解し、
その時らしく対応していくことができますが、

 

何かを説明してくれているような長い宇宙語には、
ただ、「うんうん」とうなずくばかりです。

 

それでも、一生懸命話している娘の姿は
とても可愛らしく、愛しい。

 

けれど、ふと思うのです。

 

「共通の言葉」でつながれない私たちの会話を、
娘はどう感じているのだろう。

 

娘の言葉を、私はちゃんと受け取れているのでしょうか。

 

 

そんな時、思い出すのは「花との時間」です。

 

「花」と「娘」は、
「言葉でつながれない」ことがよく似ていて、

「言葉ではない言葉」を感じ、受け取ることの大切さを
教えてくれているように感じています。

 

「言葉」を合わせるのではなく、「呼吸」を合わせる。

 

大事なのは、ここなのかもしれません。

 

 

目が見えて、耳が聞こえて、言葉を話せて。
恵まれていることに当たり前になると、
そこにばかり頼ってしまいます。

 

目が見えて、耳が聞こえて、言葉を話せても、その向こう側にある、
目に見えないもの、聞こえない声、言葉にならないものを
感じ、受け取る力を育んでいけたらなと思います。

 

 

花の言葉が聞こえないように、
娘の宇宙語も完全には理解できないけれど、
このやりとりの中にある「呼吸」を大切にしていくことができたなら。

 

娘の想いを受け取り、私の想いを伝えることができるのではと、
期待こめて、そう思っています。

 

 

 

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次回の配信は8月3日(月)です。
お会いできるのを楽しみにしています♫

にしむら まさこ

Web媒体を中心に活動するフリーライター。 会社員の夫と娘(1歳)の3人家族 。 出産を機に、家族や子育てにまつわる執筆をスタート。 都会でも田舎でもない、大阪のとある街で暮らしている。 趣味は映画を見ること、本を読むこと、珈琲を飲むこと。

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